めったに病院とは縁がない人がいる。
うちの母がその人である。そのせいなのか母は病院嫌いだ。
病院にかぎったことではないが、そういった建物には看板というか方向を
教えるものが存在する。
病院嫌いの母は病院に足をむけることも億劫なようだが、病気には勝てず
やっと腰をあげて病院にいったときのこと。
検査をすることになってレントゲンをとることになった母はしぶしぶながら
レントゲン室へと歩き始めた。
病院通路にはところどころに矢印がある。それが通路であったり天井から
ぶらさがった看板のようなものだったりする。それはとても親切なことのように
思う。そのとき母が目にした矢印はぶらさがったタイプのものだった。
そしてその上向き矢印に従って重い足をひきずるように上へ。上へ。
さすがにおかしいと思った母は看護婦さんの姿を探したが近くにその姿は
なく途方に暮れてしまった。エレベータはちがう階にある。疲れた母は
近くのイスにすわっていた。するといつまでもレントゲンに現れない母の
名前の呼び出しの放送が。
情けないやら恥ずかしいやらで、すっかり疲れ果てた母がそのあとますます
病院嫌いになったことは言うまでもない。ひとりで病院へと行かなくなった母。
矢印が横向きならこんなことはなかったかも知れないと思うのだが。上向き
矢印でなくてはならないのだろうか。